Beuys in Japan:ボイスがいた8日間

Beuys in Japan:ボイスがいた8日間を水戸芸術館で見てきました。
正直なところヨーゼフ・ボイスについてはまったく知らないというくらいだったわけですが。
多分一緒に行く人がいないと行かなかったし、あんなに長くもいなかったと思う。

まず、人と成り、おもしろさが分かるまでに展示の半分くらいを費やしました。
「経済の価値」という東ドイツの必要最低限のシンプルなデザインの作品にボイスがサインすることによって作品になる・する、というところで、東ドイツ製品のヴィジュアルが手伝い、ようやくなるほど感がにじみでてくるところに。

もはや、あまり多くを書くこともできないんですが、とりあえずサインしたもの、あげくはさわったもの全部作品であり、彼の(純粋なアートだけではなくポリティカルな?)メッセージである、というようなスタイルの芸術家兼社会活動家?みたいな感じでしょうか。

展示の中でもとにかく一番時間を割いたのは、ボイスとナム・ジュン・パイクがピアノ2台でやったパフォーマンス「coyote Ⅲ」で映像がリハ・本編・質疑応答を含め120分くらいあって本編だけでいいかと思っても結局ほとんど見ることに。

リハでは、ピアノをいじくるボイスだが、本編になると突然弾かずにマイクのみのパフォーマンス。
そして、ドローンかと思うほどの異様な長さ。しかしてドローンのような明確な繰り返し感もないので、終わるのか?終わるのか?終わんねえええ!!を繰り返して1時間くらいボイスが吠えていた。
その間パイクの意気消沈ぶりは明らかで、マイクを鍵盤にぶつけはじめ、マイクの先がぽろっととれて壊れたり、どんどん退屈するパイクがやけになっていく様とボイスが異様な体力でもって吠え続ける対比がなにかおかしかった。

音楽的パフォーマンスとしてはお世辞にもいいと言えるものではないんじゃないかと思うんだけども、そもそものボイスの異様な存在感でごり押したような映像であった。

ちなみに質疑応答でパイクは疲れて居眠り。
ボイスの体力は大ボス級とみた。


そんな難解な映像や作品が羅列されていて、その中に当時(1984)ボイスに関わった人達のインタビューというものがあり、みんな口をそろえて、
「当時の人々はボイスの言っていることが理解できなかった」
「結局のところボイスが与えた影響は大きくはない」
というようなネガティブな感想が多かった。

つまりは実らない8日間だったのか?ともいえることを大規模な会場で展示しているとも言えて、
「ああ、なんか難しい奴来たときあったなー、懐かしい」
みたいな雰囲気なのか??とふと思ってしまった。
まあ、違うんでしょうけども。しかし、あれはなんだったのか?というようなことを来場者に問いかけている雰囲気はあった。

もっとも私は生まれていないので回想しようもないのだが。

展示詳細
wikipedia
youtube

そして、帰りに武蔵美の油博士をでた中崎透という人のやっている遊戯室へいった。
ごく普通の民家が突如として3軒のギャラリーの集合体となっていて、しかも非常に現代的。異様な空間にこたつだのなんだのがあり、異様。

ヨーゼフ・ボイスの日本的展開ということで以下の展示。
たしかにボイスの作品が日本語で読めたららくちんではあるだろう…。
そうなれとはいわないわけだが。

白川昌生 「どこまでも道草、どうしても道草」@中崎透遊戯室

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